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東京高等裁判所 昭和29年(ラ)479号 決定

東京都墨田区緑町三丁目十三番地

抗告人

永見泰雄

右代理人弁護士

宮川清市

東京都千代田区大手町一丁目七番地

相手方

東京国税局長

脇阪実

右抗告人に対する東京地方裁判所昭和二十九年(行モ)第一七号滞納処分執行停止申立事件について、同裁判所が昭和二十九年十月二十一日なした申立棄却の決定に対し、抗告人から抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は、原決定を取り消し、更に相当の裁判をなすことを求め、その理由は末尾添付のとおりである。

よつて考えるに、抗告人は、相手方が国税徴収法第四条の七第一項に該当するものとして、同法の滞納処分として差押をなした別紙目録記載の不動産(以下本件不動産どよぶ)につき、訴外中村常吉に対する元金二百二十五万円の消費貸借債権を担保する抵当権を有するに過ぎない。従つて抗告人の有する権利は、金銭の支払によつて満足さるべき権利に外ならない。従つて仮に相手方が国税徴収法に基く滞納処分をなした結果、抗告人に生ずる損害もまた金銭賠償によつて完全に満足さるべき権利である。しかも、仮に本訴において相手方のなす処分が違法であることが確定すれば、抗告人が抗告理由において主張する損害は相手方の違法処分に因る抗告人の損害として国家賠償法により相手方に対してまた請求できる場合もあり得る筋合である。

しかして行政事件訴訟特例法第十条第二項にいう「処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害」とは、提起された訴の内容いかんによつて個々の場合に異ることはもちろんであるが、本件のような訴の場合には金銭賠償不能の損害と解すべきところ、前段に説明したように抗告人の権利は元来金銭によつて完全に満足される権利であるから、本件滞納処分の執行に因り、抗告人に対し償うことのできない損害を生するものとは到底認め難い。それ故本件は行政事件訴訟特例法第十条第二項本文に該当する場合に当らないものというべきであつて、原審裁判所が抗告人の本件執行停止の申立を棄却したのは相当であり、本件抗告は理由がない。よつて本件抗告を棄却し主文のとおり決定する。

(裁判長判事 大江保直 判事 草間英一 判事 猪俣幸一)

抗告の理由

一、本件差押処分に基き相手方たる国税局が公売処分をなした後に差押処分を違法として取消す判決が確定した場合に於て右公売処分の執行によつて抗告人のうける損失について単に金銭賠償のみでは償うことが出来ないと思はれるような特段の事情について抗告人が何等開陳しないのであるから棄却するということである、が一般強制執行停止の場合金銭で償うことの出来ない特別の事情が存在するというような場合が果してあるか、又その意味は何を指すのか全く不明である、如何なる場合でも金銭の賠償で事足りる。

然らば強制執行停止の真の目的は抗告人が抵当権を実行して其の売得金から直接債権を回収し得るや否やに存する、違法の執行処分によつて目的物たる本件建物がなくなつた場合、抵当権本来の目的を果すことが出来ないのである、かかる場合に始めて停止の効用があるのであつて、後で金銭の損害賠償又は債務者の他の資産から貸金の回収を計れば事足りるではないかと云うような理論はそれは全く筋違いの考え方である、抵当権自体(第一番の)に損害を及ぼす執行処分を排除するのが本件本案訴訟の目的であるから、この判決があるまで現在の状態を保持せしめて抵当権の実行を可能ならしむる様念願して執行の停止を求むる次第である。

二、次で本件公売処分が実行された後果して抗告人は貸金弐百弐拾五万円の元利金の回収をすることが出来るか否かについて考えるに本件建物は建坪参百六拾弐坪であつて相当な価格のように見受けられるが実際は鉄骨のみの半成家屋で現在の状態のままでは鉄骨の価格より以上で買う者はないであろう。百噸として一噸一万円で百万円位のものである。売得金では恐らく約参百万円以上の滞納金の回収さえ不可能と推定せらるる、まして次順位に追いやられる抗告人の債権の如きは一銭の配当をも得る見込はない、抗告人は昭和二十八年六月二十五日債務者中村常吉に対し本件中村剛士所有の建物と共に債務者本人所有東京都江戸川区西一之江壱丁目五拾番地宅地参拾八坪外四筆の宅地計九百十一坪を共同担保として金弐百弐拾五万円也を貸付けたが弁済期日たる同年十一月二十五日に至るも弁済しないので抵当権の実行をしようとしたが其の内本件建物は既に国税局(相手方)から滞納処分によりて差押えられていたから競売申立不受理となり宅地のみ昭和二十八年十二月八日競売開始決定となり其の後鑑定の結果右宅地の価格は九拾参万四千四百円となり目下手続進行中である。然れどもその地上にある本件建物が公売せられ他の者の手中に落ちる恐れがあるので買受希望者もなし価格は下落するのみである。

三、其の外に債務者は

東京都江戸川区西一之江壱丁目四七五番地

家屋番号 同町五六番の弐

一、木造瓦葺平家建居宅壱棟建坪拾坪弐合五勺

金五拾万円、債権者株式会社石原製鋼所に抵当権設定しあり

東京都小岩町四丁目壱七六〇番地

家屋番号 同町弐弐〇番

一、木造瓦葺平家居宅壱棟建坪拾九坪七合五勺

抵当権前記の建物と共同

の二個の不動産を所有するが貸家又は貸地で処分価格は僅めて少く第一番の抵当権、滞納処分費の回収すら困難と思われる。

其外に僅かの動産(本年八月火災にかかつた)があるのみで資産はなく債務は金参百万円程あり到底抗告人は他の財産から貸金の回収は出来ないのである。

四、抗告人が本案に於て勝訴の判決を得たとしても既に抵当物件は公売執行済であつた場合に於ては何れより回収することが出来るか、抵当権は競落と同時に抹消せられ回収不能の債権のみが残ることとなります。

依つて理論上からも実際上からも本件公売処分の停止は絶対的に必要なものでありますから原決定を取消し相当の御裁判を求むるため抗告致します。

目録

東京都江戸川区西一之江一丁目五十五番五十六番

家屋番号 同町一番の二

一、鉄骨造鉄板葺平家建圧延工場 一棟

建坪 三百六十二坪五合

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